2026.01.08
皆様、年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか
さて、仏説阿弥陀経の前半にあります
「青色青光・黄色黄光・赤色赤光・白色白光・微妙香潔」
(しょうしきしょうこう・おうしきおうこう
しゃくしきしゃっこう・びゃくしきびゃっこう・みみょうこうけつ)
ここを読むたびに、各々光り輝く花たちが心に咲きます
花は自然と己の個性を精一杯咲かせます
しかし、私たちは「これが私の良いところ」と
なかなか思えないところがあるのではないでしょうか
誰にでも個性があっても、それに気付けなかったり
良い方向に生かしきれなかったり
生きる難しさを感じます
かく言う私も自分探しの旅の途中な気がしています
大したことでなくとも、自分がワクワクする方向へ進んでみたら
ひょっこり見つかるかも知れません
皆様にとって実りある一年になりますように
合 掌
2026.02.01
本当に植物から学ぶものは沢山あると、いつも感じています。
この寒さを耐え忍ぶ植物たちは実に神秘的な工夫やエネルギーの使い方をしているそうです。
・水分が凍ってしまわないように、秋に葉を落としてエネルギーを最小限にする。(水分を飛ばして凍らない細胞をつくる)
・とてもゆっくり呼吸をし成長を止めつつ、糖や栄養を幹や根にため込む。
・枝の先の芽には「葉の形」「花になるか」「何枚出るか」が決まっている。
・特に果樹は一定の期間寒さを体験しないと、新しい目が出ず、花が咲かず、実がならない。
のだそうです。そして春の訪れとともに、一気に芽吹くわけです。
「この寒さがあるから実る」これは人も同じのように思います。
この娑婆世界を幸せに生きている人は、日々、様々な心掛けをしている
に違いありません。それもコツコツと、誰に見られるでもないところで、
そして心の中で、最善を尽くす努力をしていることでしょう。
先月の掲示板での「各々持っている個性の花を咲かせる」その為の大き
な基盤です。
または、「寒い冬のような辛い時期を過ごしたからこそ『気づき』があって、
大きく自己の成長に繋がる」というふうにも捉えられますね。
ああ、春が待ち遠しいです!🌸 合 掌
2026.03.01
お釈迦さまが悟りを開かれ、初めての説法で話されたのが
生・老・病・死の四苦に
「愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとっく)・
五陰盛苦(ごうんじょうく)」の四苦を加えた『四苦八苦』です。
字の如く、怨憎会苦は怨みや憎しみの心が湧く苦しみ。
求不得苦はあれも欲しいこれも欲しいと終わらない欲の苦です。
五陰盛苦は自分の心身が思い通りにならないことの苦です。
どれもこれも思い当たりますね。
そして、それを乗り越えるための八つの行いを説かれます。
「正見(しょうけん)(物事を正しく見る)」
をはじめとする八正道(はっしょうどう)です。
それぞれについてはまたの機会に触れるとしましょう。
愛別離苦には様々な局面があります。
死による別れに限らず、引越し、転職や転勤や転校、卒業などなど
沢山の別れがあることでしょう。
また、人間とも限りません。ペットとの別れも、大きな喪失感を伴います。
しかし、そこで出会えた人たちとの時間は
たとえ記憶から消えてしまったとしても、大きな宝となって残り続けます。
そんな別れの多いこの季節、感謝の心でお別れをし
それを力に、一歩一歩進んで参りましょう。
合 掌
2026.04.01
お釈迦さまが説かれた「諸行無常」は平家物語の冒頭に出てくることから
きっと誰しもが知っている言葉でしょう。
私も学校で暗記させられた記憶があります。
それと共に説かれた次の言葉が「諸法無我(しょほうむが)」です。
諸行無常より知っている人は少ないかも知れません。
しかし諸行無常と同じく大切な考えであり、宇宙の真理です。
この世に存在する全てのものは繋がっており
ひとつとして独立しているものはない、というものです。
例えば人が一人この世で生きていくには
まず親が無ければ存在せず、空気や日の光を含め
ありとあらゆるものに支えられて生きています。
そして一人の行動や言動、心の持ちようなどの全てが
この世全体に影響を与えています。
怒りがあちこちで起これば戦争になるように
一人一人が優しく思いやりの心で生きていれば
その優しさが伝染していくのです。
自分一人の感情や行動なんて・・・とは思わず
これが世の中に広がっていくといいな・・・という日々を
過ごしたいですね。
合 掌
2026.05.01
日々、小さな変化から大きな変化まで、様々な事が起きますね。
例えば、楽しみにしていた予定がなくなったらどう感じますか?
「最悪」「何だよ!」という怒りや悲しみや落胆に近い感情が
生まれるかもしれません。
しかし、「じゃあ別のことをして過ごそう」という別の視点もあります。
又は、「今までは一緒にいると楽しかったのに、最近はそうでもないな」
という時、楽しかった時にしがみついて無理に一緒にいるのではなく
「価値観が合わなくなってきたんだな」という視点もあります。
又、失敗したら「終わり」ではなく「やり方を変えるきっかけ」という視点もあります。
又、体調が悪い時には「休もう」、と罪悪感なく休めていますか?
少し気を付けたいのは、全てをポジティブに捉える必要はなく
変化をついネガティブに捉えがちな心のクセを直していくということです。
そこに気付けると、心の余裕や自由さが生まれるでしょう。
変化が大きいと尚更、なかなか握りしめた苦しみを手離すことが難しいですね。
事柄が過ぎ、ずっと時間が経ってから気づきを得ることもあるでしょう。
「苦だな」と思ったら、「じゃあ別の見方は?」と自分に聞いてみる。
そんな日々の小さな変化での心掛けで、切替えの早さや、考え方のベースが変わると
とても楽に生きられるようになります。
と言いつつ、毎回繰り返しては、やっと気づかせていただく日々です。
合 掌
2026.06.01
「私のすることを 人がどう思おうと気にならない」
というところは良くわかりますし
そのように生きられている人もおられることでしょう。
「しかし」ここからが難しい・・・
「私自身が 私のすることをどう思うか」
というのは、世界恐慌からアメリカを救い
今も名を遺している、彼の志の高さを感じさせますね。
日々やらなければならないことを横目に怠けたり
家族とのやり取りだって「ああ、もう少し違う言い方が出来たな」とか
「何か違うな」と思いながらもそのままにしてしまったりする私には
グサッとくる言葉です。
お釈迦様の言葉で言えば「自灯明法灯明」が近いでしょうか。
自らを灯として、法を灯とする。
自分を信じ、常に真理に照らし合わせ自問自答しながら
一歩一歩、仏様の照らしている道を歩んでいく。
他人の目ではなく、まず自分自身を見つめる。
身体を休める時も「納得して休む」。
食べる時も「納得して食べる」。
遊びや息抜きも何もかも、心に聞いて気持ちよく過ごす。
「背徳感」なんて言葉が流行っているようですが
堂々と己に恥じない生き方をしたいですね。
合 掌
2026.07.01
表題はインドの思想家Osho(オショー)の言葉です。
オショーとは・・・和尚と偶然の一致です(笑)
そして、切り花を飾るなという話ではないですよ(笑)
私たちはついつい、好ましいと思うものを手に入れたいという欲望にかられます。
それは物であればお金で買ったり、人からもらったり、ともすれば盗んでしまうことも・・・。
そしてその物に執着し、手離せず、
増えれば使わない物に埋もれるような家に住むことになるかも知れません。
もし人間関係であれば「あの人にもっとかまって欲しい」
「あの人の時間が欲しい」という心。
子育てにおいても「かわいいから常に何をしているか把握していたい」
「反抗期で困った。もっと私の言うことを聞いて欲しい」
など「もっともっと」と思う心も執着です。
もし上手くいかないと感じているなら、視点を少し変えてみてはどうでしょう。
物であれば「今は手元にあるけれど、本当に使うかしら」
「思いがあるだけで使っていないかも」
「前は好きだったけど今は違うかも」と吟味してみるといいですね。
相手がいるとしたら
「調度いい距離感を探る」
「元気で生きていてくれるだけで有難い」
「本当に大切なら、離れた方が良いこともある」
と広い視野と広い心でいたいですね。
合 掌